この度、このような形でウインドベルミュージックファミリー(以下ウインドベル)のコンサートが50年ぶりに開催されることになったいきさつや出演者について、ウインドベル1期生のひとりとして語らせていただきたいと思います。
かつて熊谷市にはいくつかの音楽サークルが存在し、熊谷市民ホール(現存)や木偶瘖堂(でくいんどう)等と言うホールやライブハウスでコンサート(ライブ?)が開催されていたと聞いていました。
そんなとき、私はウインドベルという名前のバンド(ユニット)に所属していました。
そう、後にこの音楽サークルの名前となったそのウインドベルというユニットに所属していたのです。
そして当時のユニット(ウインドベル)のメンバーと今回協賛のフジクラ楽器店様の尽力により音楽サークルが発足することとなりました。
ウインドベルでは所属するユニットのメンバーそれぞれが協力し合い、定期的にロックコンサート、フォークコンサートと開催していきました。
ポスターを作り、手作りでチラシを作成し、皆で協力し合いながら毎回のコンサートを手作りで作り上げていったのです。
とは言え、中心となって活動しているメンバーは高校生が中心、資金の乏しいサークルでした。
だからこそ、皆が協力し合い補い合うことで手作りのコンサートが開催でききたのだと思います。
当時は知るよしもありませんでしたが、コンサートで使う器材やオペレーターは「協賛」という形でほぼボランティアで対応していただけていたのでした。
改めてフジクラ楽器様には感謝申し上げたいと思います。
さて、それでも会場の使用料やポスターの印刷、チケットの印刷など当時の高校生にとってはそれ相応の費用も必要だったと推察いたします。
状況によっては市内の各種店舗などを回り、スポンサー?集めに奔走した事もありました。
当時はアマチュアバンドのコンサートだとチケットも前売りで200円、当日でも300円程度、よくあれだけの規模のコンサートが開催されたものだと今さらながら感心します。
時は流れ、私は平成9年に赴任した職場で音楽好きの同僚と出会い、バンド活動を再開しました。
そして、年に3~4回程度、イベントなどで演奏させていただくなど細々とバンド活動を続けていました。
ある日、バンドメンバーの転勤を機に不足が生じたため、当時SNSで再会?した旧ウインドベルメンバーに協力を依頼しました。
するとそこから波及して、他のウインドベルメンバーにも協力を依頼することになったのですが、おりしもその頃から新型コロナ感染症が流行し、あらゆるイベントが開催されなくなってしまいました。
このため、当時のバンドはいったん解散することにしました。
それでも、せっかく再開した音楽活動をやめてしまうのも勿体なく、時々集まってやったらどうか・・・?と提案があり、新たなメンバーを迎え入れ、活動を継続してきました。
手始めはくまぴあで練習し、公民館祭りやライブハウスでの出演などを行っていました。
後には多くのライブハウスや音楽イベントにエントリーし、演奏の機会を増やしていきました。
時を同じくして「籠原音楽祭」というイベントに旧ウインドベルのメンバーがソロで出演している話を聞きつけました。
私はそのソロで出演していたメンバーからオファーを受け、協力をすることになりました。
他にも声を掛けられたメンバーが数人(全員元ウインドベル)加わり新しいユニットが誕生し前出の籠原音楽祭へ定期的に出演させていただいています。
ウインドベルを卒業して、結婚を機?に、福島県の裏磐梯でペンション経営を始めた者がいました。
このペンション(ベイクドポテト)へはプライベートで私も何度か宿泊させてもらったことがあります。
2024年、有志の声がけで「ウインドベル同窓会をベイクドポテトで・・」という話が持ち上がりました。
それ以前からペンションのオーナーと同世代のメンバーは定期的に訪れていたようで、その延長上にこの同窓会が企画されたと推察します。
皆で宿泊を兼ねて同窓会を・・・という目論見だったのではないでしょうか。
勿論、ミュージックファミリーの同窓会ですからただ単に呑んで語らう・・・訳では無く、ペンションの食堂にPA機器を設置し、皆がそれぞれに演奏するオープンマイク的な同窓会で、多くの有志が賛同し、呑んで、奏でて、歌って・・盛況に開催されました。
この時には前出のメンバー以外にも旧ウインドベルだったメンバーが多数参加し、世代を越え集まることができました。
この同窓会が好評だったため、翌2025年もこの会が開催され、更に盛り上がり今回のコンサートへの機運が高まった感があります。
この時には新たに何名かの初参加組もおりました。
各回の同窓会での演奏ではセッションもありましたが、このセッションを受け、新たなユニットもいくつか誕生しました。
メンバーの居住地が青森県、福島県、東京都、埼玉県と広範囲な遠距離バンドや、スリーピースバンド、そしてソロ・・・・。
そしてこの同窓会には参加していませんでしたが、ウインドベルのメンバーだったもうふたつ紹介したいユニットがあります。
かつてYAMAHAが主催していた「ポプコン(ポピュラーソングコンテスト)」において埼玉ブロックを勝ち上がり、関東ブロック大会に進んだユニットです。
このユニットは私の高校時代の同級生4人によるユニットでした。
フォークソング部の部室から聞こえて来た彼らの演奏と歌声に聴き惚れてしまったことが今も印象として強く残っています。
今回、4人それぞれにオファーしてみたのですが家庭の事情により参加できるのが一人だけでしたが、前出のソロメンバーと不肖私めがサポートメンバーとして協力させてもらうことになりました。
もう一人は元々数人のユニットでウインドベルに所属していたものの、社会人になってからは専ら一人で黙々と演奏していたところに今回のパートナーを得て慰問のような形で弾き語りを続けてきた者もおり、今回の出演に至りました。
さて、予てより「いつかはウインドベル復活のコンサートを・・・」などと困難を極めるであろう企画を最初に口にしたのは誰なのか?
細々とソロ活動してきたそのウインドベルメンバーが早速青写真を示してくれたことにより、現実味を帯びてきたこの企画。
ここに登場して来ないメンバーも含め、有志による企画会議を重ねる中で最高のパフォーマンスを披露できるよう鋭意準備中です。
できれば多くの皆様にご来場いただき、年輪を重ねたメンバー達の演奏を聴いていただければと願っています。
元祖ウインドベルメンバー 井桁幸雄
